第5回「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」入選作品

金賞 心配症の母さんへ

末吉 美恵子(福岡県北九州市)66歳

「アカ―、アカちゃーん」

母さん、猫を抱いた写真の中から、今にも聞こえてきそうな気がしています。
遊びに出たまま帰らないアカをさがす、あなたの声が。

心配症の母さんへ子供たちや、花や、動物や、生きとし生けるすべてのものに、愛を注いできた母さん。
生みの親に三歳で先立たれ、三人の継母に育てられた頃が、波乱万丈の人生の幕開けだったのですね。
そして戦後、大陸から引き揚げてきた混乱の中で、背負わされた知人の借財は、更なる苦労の引き金になりました。
差し押さえられた家での、生き地獄のような赤貧生活。
やせ細った体でリヤカーを引き、夜なべをして和裁の内職に身を削り、おかずを調達しようと海で貝掘りやワカメ拾い。
その姿は、私の脳裏にしっかりと焼き付いています。
絶望の淵にいても、私たちのために、必死で生き長らえてくれた母さん、ただ感謝です。

地獄で、手を差しのべてくれた父さんの幼なじみは、きっと、必死に生きるあなたの姿に、心打たれたのでしょう。
十年間も無償で援助を続けてくれましたよね。
母さんの口癖「受けた恩は、決して忘れたらいけん」という教えは、心に刻み込まれています。
そして残された俳句ノートにも、他を思いやる言葉が、ぎっしりと詰め込まれていました。
私はそれを読み返しては、いつも衿を正すのです。

そんな母さんの晩年は、さまざまな病との闘い。
愛するアカとの楽しい生活も、ままならない理不尽さ。
でも、母さんの気がかりはいつも周囲のこと。
大人になった私にも、貧しい暮らしを強いた昔を償うかのように、色々な物を送ってくれました。
余命を告げられた年に届いた梨は、入院先から。
有難くて切なくて、涙と共に食べました。
一生忘れられない涙の味がしました。
私だけでなくアカにとっても、あなたは愛にあふれた母でした。

シューッ シューッ と、マスクを通して送られる酸素の音だけが響く病室で、とうとう旅立ってしまった母さん。
もう愚痴も聞いてもらえないし、おチョボ口で笑うあの可愛い笑顔にも、もう会えないのですね。
「私が愚痴を聞いてあげるから」と慰めてくれる、優しい娘への言葉さえ、あふれる涙の中に吸い込まれていきました。
努力する心や、愛情の意味、そして感謝する心、みんなみんな、母さんからもらった大切なものです。

母さん、あなたのアカは、五年間を頑張って、ひとりで生きましたよ。
今ごろはまた、母さんの膝の上で丸まっていることでしょう。

銀賞 がぁとだなぁやい

ポチ(静岡県牧之原市)27歳

おじいちゃんが亡くなって、早一年が過ぎましたね。
そちらでのお仕事はもう慣れて元気にお過ごしでしょうか?
そして、いつも口癖だった「がぁとだなぁやい」という言葉は今でも健在でしょうか?

がぁとだなぁやい「がぁとだなぁやい」は、主におじいちゃんが孫である私によく「大したものだなぁ」という意味で掛けてくれた言葉でしたね。
私が高校生の頃、作文で賞を頂いた時にも「がぁとだなぁやい」を連発し、まるで自分事のように喜んでいましたね。
おじいちゃんは、多忙だった両親の代わりに、遠い街の表彰式にも快く参列してくれましたね。
それは、私がおじいちゃんとの思い出の中で一番、嬉しかった出来事です。

表彰式には、大勢の前で自分の作品を朗読するという時間がありましたね。
おじいちゃんは、薄々気付いていたのかも知れませんが、私は表彰式に出席するのに苦痛を感じていました。
それは私が幼い頃から気が小さく、人前で何かをするのにとても緊張するタイプだったからです。
私は前日の練習でも、上手く声が出せない悔しさや本番への不安から涙を流したりもしていました。
本番当日も、朗読が嫌で嫌で堪らなかったのですが、おじいちゃんが優しく見守ってくれていたおかげで勇気が出せました。
お世辞にも上手いとは言えない朗読だったにもかかわらず、穏やかな笑みを浮かべていたおじいちゃんの姿を見て、私は泣きそうになりました。
それは、朗読が上手くできなかった悔しさでも、不安から来ていた緊張からでもなく、ただ単純に嬉しかったから泣きそうだったのです。
その時のおじいちゃんの姿が今でも鮮明に脳裏に焼き付いています。
「がぁとだなぁやい」この言葉は、私の心に刻まれた最高の贈り物となりました。

がぁとだなぁやいおじいちゃんのことだから、亡くなった今でもあの時と同じような笑みを浮かべ、私が少しでも何かを成し遂げようとする時、優しく背中を押してくれていることでしょう。
その暖かで心強いエールには、いつも感謝しています。
私自身、おじいちゃんからもっと沢山の「がぁとだなぁやい」の一言を掛けてもらえるよう頑張ります。
本当にありがとう。

一年前の祖父の葬儀では、体調が悪く寝込んでいたため、弔辞を読むことが叶いませんでした。
この度の公募で、もう一度大好きだった祖父に手紙をしたためることができ、大変嬉しかったです。
ありがとうございました。

佳作 大切な娘へ

鈴木 純子(千葉県千葉市)71歳

あなたは、幼い頃から聡明で我慢強い手の掛からない子供でした。
何事にも真剣に順調な自分の人生を歩んでいたあなたを見守って幸せだった私は、突然あなたから「乳癌だって」と告げられ、その場に立ちすくんでいました。
あなたは九歳八ヵ月の娘と一歳四ヵ月の長男の育児に励んでいた時期で、怖ろしい現実にどんなにか心乱れていた筈なのに、決して涙を見せませんでしたね。
自分で病院を選び、主治医の説明を前向きに受け止め、手術、放射線、抗癌剤の苦しい治療を耐えました。
必ず良い方に向かっているとあなたは確信して、二人の子供をグアム旅行に連れて行きたいと願ったのに、体に良くないと反対した母は後悔しています。
四月の幼稚園入園式に出席できたと大喜びの優しい笑顔を忘れません。
「春休みに行こうね」と約束したのに。
五月には大好きな父親の肩にもたれ、自分の脚で二時間余を歩いて病院に着いたあなたの強い精神力を尊敬する母でした。
三日後に「私、子供のためならもっと頑張るけど、私の癌ならもう終わりにして」はっきりした口調で言い残し、四十歳七ヵ月の短い人生を閉じて逝きました。
あなたの性格通り几帳面でしたね。

大切な娘へ あなたの悲報は内密だったので大勢の人達を驚かせたのです。
溢れる涙の中であなたの人間性を称賛してくださり、優しい笑顔を忘れませんとあなたに感謝の言葉を述べてくださり、親友達は月命日、一周忌、三回忌法要を墓前に集い、美しい供花で冥福を祈ってくれてます。
娘でいていくれて誇らしい。
心から有難う。
今、あなたは、私の心に住んでいます。
あなたが生きた証は、命を懸けて世に遺した愛しい二人の子供です。
別れが辛く苦しみ抜いたけど、母親を失った悲しみを心の奥に秘め、あなたの信念を受け継いで逞しく生きて行くでしょう。
天空に輝く幾千万の星は世界中の亡き人々の魂の永久の楽園なのです。
いつか、大好きなあなたに会いに行きます。
それまで、二人で子供達の幸せを見守っていましょうね。

美奈ちゃんを思い出す時に目に浮かぶのは
元気で明るく優しい笑顔です。
美奈ちゃんと時々お喋りをしたくなります。
皆を天国で見守っていてね!

佳作 お仏壇でデート

阿江 美穂(兵庫県加東市)62歳

お父ちゃん、お母ちゃんのあげるお経が聞こえますか。
お父ちゃんが亡くなって、もう十七年になります。
お母ちゃんは、なんと八十九歳になりましたよ。
「こんな田舎のだだっ広い古民家に、一人で暮らすなんて寂しすぎる……」
と心配する私たち姉妹に、お母ちゃんは、
「お父ちゃんやご先祖様が守ってくれとってやから」
と、ずっと一人でがんばっていました。
けれど、三年前、足の自由がきかなくなって、ついに妹の家に世話になることになりました。
すると案の定、実家の心配ばかりするので、毎週金曜日を私と妹でお母ちゃんを実家に連れて帰る日にしたのです。

お仏壇でデート お母ちゃんは、実家に帰ると大喜びで、さっそくお仏壇に向かいます。
もちろん、正座も立っていることもできないので、前に置いた椅子に座ってのお参りになります。
私と妹は、お仏壇の水を替えた後は、住む人がいなくなってしまった家の掃除をします。
最初は、玄関にまで張ったクモの巣や、上がりかまちに積もった埃に、悲しい気分に落ち込んだものです。
でも、そんなとき、お仏壇から聞こえてくるお母ちゃんの声に、いつしか心が穏やかになっていくのは、私も妹も同じでした。
「お父ちゃん、ご先祖様、ほったらかしにして、申しわけありません」
というお詫びから始まるお母ちゃんのお経が終わると、子ども、孫、曾孫の名前を全部言い連ねて、その無事と幸せをお願いします。
「こんないっぱい頼まれて、お父ちゃんもご先祖様も大変やな」
私と妹は、庭の草引きをしながら、顔を見合わせてクスクス笑います。
なんだか、子どもの頃に戻ったような楽しい気分になってきます。
お経が終わった後もお仏壇の前に座ったままのお母ちゃん。
きっとお父ちゃんと話をしてるんだな、いつの頃かに戻って、二人はデートしているんだな、とそっとしておいてあげます。
お父ちゃんは、今も愛されてますよ。
私たちは、両親が仲良しで、本当に幸せだったな。
感謝しています。
だから、一日でも長くこのお仏壇でのデートが続くよう、私たち、サポートしますね。

第4回「あの人へ贈る言葉-今は亡き“あの人”に届けたい手紙-」入賞作品はこちら

書籍の紹介

2014年春に公募しました第5回「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」。
全国からご応募いただいたお手紙の中から、金賞1編、銀賞5編、銅賞10編、佳作100編の計116編を選定し、書籍に収録しました。

今は亡きあの人へ伝えたい言葉5
書  籍
今は亡きあの人へ伝えたい言葉5(2014年版)
発行日
平成26年11月10日 第1刷発行
編  者
「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」実行委員会
発行所
株式会社鎌倉新書
判  型
四六判302頁
ISBN978-4-907642-39-6 C0012
書籍はこちらから購入できます。
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